詐欺電話と個人情報2014/11/02 14:25

警察から電話があり、「詐欺グループの持っていたリストにお宅の名前と電話番号が入っていました。注意してください」と忠告されたとかみさんから聞いたのは、数ヶ月前。

「お宅にこんなパンフレットが届いているでしょう。届いていたら、それを?十万円で引き取りますので保管しておいてください」などという電話が来たことが有り、それかなと思ったという。

この件は、消費者情報センターとかに連絡しパンフレットも送ったとのこと。

その後もこの手の電話は、時々来るらしい。

「らしい」というのは、難聴で電話が苦手のため、電話の応対は、もっぱらかみさんにやってもらっているからである。

先日、かみさんが居ない時に電話があった。「何が届くって?.....俺、耳遠いからもう一度、少し大きい声で、ゆっくり言ってください。.....やっぱり、よく聞き取れない。済まんがかみさんの居るときに電話しなおしてくれ」と応じた。

翌日、それらしい電話があったという。かみさんは、「全く興味ないから、もう電話しないでください」と切ったとのこと。

最近は、相手の「届いているでしょう?」に、「さあ、気が付きませんでした」と答えているという。

何故、小生の名前や電話番号が、そういう輩の手に入ったのかとあれこれ想像しているうち、実名がインターネットに載っていたことを思い出した。

以前から気になっているのだが、自分の名前がインターネット検索で結構見つかる。同姓同名の他人ではない。小生自身の名前と関連情報である。

改めて、インターネットで自分の名前を検索してみた。100数件ありと出た。ただし、似たようなページを除外し、20数件だけ表示しているとある。

小生に直接係るものの殆どが、ある会のホームページや会報に投稿したもの、あるいは、友人たちとの旅行や会合で撮った写真の共有フォルダである。

面白いことに、一番たくさん記事を書いている己のホームページやブログの記事はひとつも出てこない。

つまり、実名で投稿しているものが全て拾われてるということだ。個人のホームページやブログは両方とも、実名を表示していないから検索にかからないのだ。

このような投稿記事についてインターネットに実名が出たからといって、姓名以外の個人情報が表示されているわけではない。ならば、そう目くじらを立てて、気にすることでもないと思う。

問題は、電話番号などが漏れていることだが、これも、一度電話帳に登録されたものは、そのまま、インターネットで検索できることを今回の検索で知った。

上記の検索の中で見つけた「住所でポン!」というWebページがある。このWebページには、電話番号、氏名、住所が明記されている。電話帳をコピーしたものらしい。そのWebページは下記のように高らかに唄っている

   個人情報詐欺に注意!住所でポン! は削除要請を例外なく拒否しています。
   弁護士や官公署を騙る「個人情報を削除する」との申し出は全て詐欺です。
   また本サイト利用者がいかなる法律に違反することもありません。
   詐欺、脅迫には毅然と対処しましょう。

   「住所でポン!」は削除要請を例外なく断固として拒否する唯一のフリー電話帳です。
   個人情報保護法適用外のため、利用することは完全に合法です。

個人情報を合法だからといって、外部に公開するのは誰の便宜のためか疑問だし、これほど威張って、公開を正当化するのも理解できない。

こんなページが有るなら、詐欺グループが利用しないことは有り得ないだろう。

とすれば、電話番号が詐欺グループに知れているからといって、それがこちらの個人情報管理の落ち度で知られたわけでもないだろう。彼らは、こちらの落ち度など待つ必要なく知ることができるのだ。

もっとも、警察の忠告は、「他の情報も洩れているかもしれませんよ」と言いたいのかもしれない。

振り込め詐欺で、数千万円も騙し取られたという、お年寄りのニュースを聞くにつけ、同情より先に、よくまあ、そのような大金を持っており、簡単に振り込めるものだと驚き、羨むのだが、そんな大金と縁のない身は、「注意しなくては.....」と大きく身構えられない。

電話帳は、最近、個人の家庭には配布されてないと理解する。なのに、このようなページが存在することは、「合法」かもしれぬが、納得できない。

「住所でポン!」については、インターネットにいろいろ議論が出ている。

同姓同名2014/11/06 15:29

意外で、驚きでもあるが、面白いことを見つけた。小生と同名の人が何十人も居る.....何十人しか居ないというべきか?

13年前作成した自分のホームページの自己紹介に、次のように書いた。

   名前:某々興輝[・・・・ オキテル]

   父輝男が「輝」にこだわり「輝興」と名付けようとしたが、姓名判断で「良くない」と言われ、
   『興輝』(オキテル)したとのこと。

   祖父には、『置テル』と書かれ、会津の小学校では、女性教師に「オチテル」(東北にも
   [キ]を[チ]と発音するところがある)と呼ばれ、子供の頃から、「オキテル、ネテル?」と
   からかわれ、大学でも教授に『お前はオキテルだが、授業中よくネテルな』と皮肉られた。

   その割にいやな名前と思ったことはない。おそらく、世界に一人しかいない名前であろう
   と妙な自己満足をしてきた。

   しかし 2001年、呼び方こそ違え、同名の人の存在を知り、一人居ると言うことはもう一人
   居てもおかしくないと思うようになっている。

たまたま、詐欺グループに小生の個人情報が漏れていると警察から注意されたことがきっかけで、自分の名前をインターネットで検索してみた。検索結果のリストのなかに異姓だが同名がいくつか見える。

もしかして同姓同名が居るのではないか、同名者はどのくらい居るのだろうかと気になり、調べてみた。

同名者が表示されていたのは「同姓同名辞典」なるページ。同姓同名者は見つからない。

同名者が全国にどれくらい居るかだが、この辞典では、全国で26743番目に多い名前で、61名も居ることになっている。

もう一つ、「同姓同名探しと名前ランキング」というページがあり、同じことを調べてみた。こちらでも同姓同名者は見つからなかったが、「同名の人数は全国に44人」と出て、都道府県別の人数が表示されている。

沖縄には12名も居り、千葉4、岩手・山形・埼玉・鹿児島3、大阪2、その他1、と散らばっている。

長い間、世界にひとつしかない名前だろうと自惚れていた身には、これは意外であり、驚きでもあった。

2001年に知った同名の方は大阪の方だったが、今回のネット検索では、40名以上の興輝が20都道府県に散らばっている。

同名の44(61名?)のなかに、オキテルと読む人がいるかどうかが最も気になるのだが、どう調べれば分かるのか、今のところ見当がつかない。

一読・十笑・百吸・千字・万歩2014/11/10 22:33

先日、会社時代同じ職場で働いたことのある先輩の方と会食した。

ゴルフを趣味としており、84歳の今も、週2回ゴルフを楽しんでいるという。年間では100回を超えるそうだ。大変な元気さである。

彼が、健康を保つために普段実践していることを教えてくれた。それが掲題の「一読・十笑・百吸・千字・万歩」である。

「1日、一回読む、十回笑う、百回深呼吸する、千字書く、万歩歩く」ということだそうだ。

我が身を省みるに、暇があれば、新聞、雑誌、書籍とかみさんが呆れるほど、文字を追っかけているので、「一読」は問題なし。

「千字」は、多分出来ているだろう。何故なら、今年になって始めた日記が、ほぼ毎日、もう230日以上続いており、それ以外にも、毎日何かとメール交信をしているのを加えると、多分、千字は優に超えるだろう。

気になるのは、もっぱらパソコンでのローマ字入力漢字変換でのものゆえ、本来の意味での書くことにはならないかもしれない。

「万歩」は、毎日とは言えないが、週2回のジム通いと、それ以外の日の散歩が申し訳にはなるかなと期待する。

難しいと思ったのは、「十笑」と「百吸」である。

1日10回も笑えてない。カミさんと二人の生活で、1日10回も笑うには、どちらかに、そのような才能が必要だろう。これをいまさらどう工夫するか。

深呼吸をやってみたが、1回にできるのはせいぜい20回程度だ。それを1日5回やるのは深呼吸そのものは難しくなくとも、忘れず5回も繰り返すのは難しい。

なかなか、軽妙洒脱な表現なので、インターネット検索をしてみた。あるある!

そこでみつけた情報によると、現在80歳位の医師、石川恭三氏が提唱している「50歳からの健康法」だそうだ。

一読とは、一日に一度は少し堅めの文章を読もうということで、お薦めは新聞の社説だという。

十笑とは、一日に少なくとも十回は大笑いしようということ。

百吸、千字、万歩は上に書いたとおり。

一読は認知症予防の効果が期待できると言う。

十笑は免疫機能強化でがんの進行抑制。

深呼吸は、副交感神経の緊張が高まり、神経の高ぶりが治まり、脈拍は遅くなり、血圧は低下、筋肉の緊張低下、動脈中酸素増加。

千字も認知症予防。

万歩は、第2の心臓と言われる足を使うことで下肢にたまった血液を心臓に戻りやすくし、骨に加重をかけることで骨芽細胞を刺激し、破骨細胞の働きを抑制して骨粗しょう症予防。さらには、メタボリック症候群の予防と治療、ストレス解消、認知症予防などなど。

全部を実践するのは、あまり楽なように思えないが、意識だけは強く持とうと思う。

面接授業(HTML5)2014/11/13 10:14

放送大学の面接授業にHTML5入門というのがある。2-3年前から毎回、受講を申請するのだが、一向に抽選に当たらない。これで5回目くらいの申請だと思うが、やっと受講を叶えられた。

HTMLとはインターネットの文書を作成するためのプログラム言語のことである。これが今や世界標準となっている。

それゆえ、人気のある授業でなかなか抽選に当たらないのだろうと思いつつ、年寄りには無理と最初から門前払を食わされているのではないかと下品な僻みも感じていた。

ホームページ制作に手を染めたのは1999年。所属していたある団体のホームページ発刊の時である。

ある日の会合で、「そろそろ、我が団体もホームページを作りましょうよ」との提案があり、何も知識はないが、お手伝いしたいと言ったら、他に手伝うという方がおらず、結果として、発刊準備担当者にされてしまった。

入門書を求め、練習しながら試行錯誤して、発刊までこぎつけた。そのソフトを、2007年まで使っていた。

このソフトが2007年に開発終了になった。ホームページの「文書はHTMLで、ページのレイアウト(文字の色やスタイル)はCSSで」という国際標準化の動きに伴うものであった。

止む無く後継のソフトを買い求めたが、それまでのやり方と異なり、なかなか馴染めない。ママよと、従来のやり方で作成すると期待しない結果になる。それを、あれこれ我流でいじって直す(ごまかす)姑息な方法でその後も、ページ作成を続けて来た。

たまたま、別の会の仲間から、その仲間の所属する別の団体のホームページを作りたいので手伝って欲しいと頼まれた。手伝うことにしたが、手伝うなら、やはり、国際標準の方法でやるべきだと考え、別のホームページ作成ソフトを購入した。

別なソフトにしたのは、上記で慣れないながら使っていた上記後継ソフトが、またまた開発中止となったこと(無料にはなったが)、そのソフトが市販ソフトでは最も安価だったこと、そして、手伝いを依頼した方がこのソフトを使っていたからである。

しかし、このソフトも、小生のやり慣れた方法と異なるところがさらに多く、馴染めない。こうなれば、HTMLやCSSをある程度身につけるほかないと思い、懲りずに面接授業参加を申し込んだ。そして、やっと、受講が叶った。

今回の面接授業で感じたことは

  ・書籍を読みながらの学習では、どのように作業を始めるのかで戸惑うことが多いが、 講師言う通り作業することで、ともかく迷わず作業を始めることができる。

  ・講師の説明についていけなくなっても、助手の方々の援助で、何とか作業を進めるこ とができる。

  ・実際に作業し、その結果をすぐ見ることで、作業の意味・効果が体験でき、すぐ理解 できる。

  ・この種、「How to」ものは、このように実習で学ばないと、なかなか習得できない。

  ・「HTML5入門」と題する授業だが、CSS3やJavaScriptの講義・実習も有り、Webページ制 作では、これら3つが基本技能だということが理解できた。

  ・HTMLやCSS、JavaScriptについて、とっつきにくく、なかなか手を出せないでいたが、 おかげで、それぞれがどのように関連し、使われるかが見えてきた。

自分のホームページにも利用できそうだ、試してみようという気になれたのが嬉しい。

自分のホームページの一部をいじることから始め、少しずつ利用範囲を広げ、HTML5、CSS3、JavaScriptで我がサイト全部をを作り替えてみたい、さらには、制作を担当している大学同級会のページも作り替えたいと夢見ている。

授業2日目にHTML5がW3C(インターネットで使用される各種技術の標準化を推進する為に設立された国際標準化団体)の正式勧告になったことが報じられるという、印象に残る出来事があった。